2017年4月30日日曜日

2017/04/30 福音集会

春が終わり、あっという間に初夏のような暑さがやってきましたね!

みなさんは「行動」と「感情」はどちらが先だと思いますか。

今日の福音集会で創世記3章が開かれました。
神様によって創られた人、アダムとエバはエデンの園に置かれていました。
神様は園のどの木からでも好きなように実を取って食べてよいと言われました。
ただし、園の中央にある「善悪の知識の木」からは食べてはならない、と。
しかし彼らは蛇に誘惑され、善悪の知識の木から実を取って食べてしまうのです。

3章7節にこうあります。
「このようにして、ふたりの目は開かれ、それで彼らは自分たちが裸であることを知った。そこで、彼らは、いちじくの葉をつづり合わせて、自分たちの腰のおおいを作った。」
彼らは恥ずかしいので、おおいを作ったのです。
そして神様から隠れた彼らに神様は「あなたはどこにいるのか」と呼びかけられます。
3章10節を見ましょう。
「彼は答えた。『私は園で、あなたの声を聞きました。それで私は裸なので、恐れて、隠れました。』」
人は神様によって創られた初めから、感情によって行動していることが分かりますね。


私たちはこの社会の中で色々な悩みを抱えています。
その中でほとんどの人が抱える悩みは人間関係の悩みではないでしょうか。
周囲の期待や要求に応えようとして自分らしさを出せなかったり、他人との違いを隠さなければコミュニケーションを取れないというようなことがあると思います。

しかしアダムは創られた初めから裸だったのです。
裸の(=弱い)自分であっても、神様が共にいて支え、満たしてくださるという生き方をしていたのに、裸の(=弱い)自分だから、自分で何とかしなければならないという考えが入ってしまったのです。


私たちがまだ弱かったとき、キリストは定められた時に、不敬虔な者のために死んでくださいました。」ローマ人への手紙5章6節

私たちも弱いのです。
そして、神を神として認めず、自分の力で何とかしようとしてしまいます。
しかし、神様から隠れたり、弱さを覆い隠したりすることでは解決しません。
自分の弱さを認め、そのままの姿で私たちを支えてくださる神様のもとへ身を寄せればよいのです。

「不敬虔」、つまり神様を神様として認めない弱い私たちのために、イエス・キリストは十字架に架かって死なれました。
そして復活され、今も生きておられます。

あなたも弱さを覆い隠して自分で全てを解決しようとする生き方ではなく、弱いままだからこそあなたを支えてくださる神様と共に歩みませんか。

2017/7/30 福音集会

今日の福音集会ではマタイの福音書14章22~33節が開かれました。 イエス様の弟子たちだけで舟に乗り、湖の向こう岸へ渡っていましたが、夜中の3時頃湖の上を歩いて来られたイエス様を見て、弟子たちは幽霊ではないかと恐れます。 しかしイエス様はすぐに弟子たちに「恐れることはない」...